
2026年4月27日、浦和レッドダイヤモンズが2025年度の経営情報を開示した。
事業収入は前期比10億9,900万円増の113億1,000万円。
Jリーグクラブとして初めて3期連続100億円を超え、クラブ史上最高を更新した。入場料収入、広告収入、グッズ収入のすべての項目で前期を上回った。
それでも、最終損益は1億円の赤字だった。
「過去最高収入でも赤字」という逆説は、単なる一クラブの経営問題ではない。この決算には、Jリーグクラブが現在どこに立っているかが、数字として刻まれている。
なぜ、最高収入でも赤字になるのか
赤字の直接的な原因は明確だ。
2025年、浦和はFIFAクラブワールドカップに出場した。日本のクラブとして初めての舞台だった。出場を見据えた補強、長期の海外遠征、円安による海外取引コストの増加が重なり、事業経費は前期比15億2,400万円増の105億2,700万円に膨らんだ。
「1試合でも引き分けていれば黒字になった」
田口誠 代表取締役社長(2026年4月27日 定時株主総会)
クラブワールドカップの出場給は約13億円を受け取った。しかし事前には「50〜80億円」という情報も飛び交っており、実際の収入はその大幅に下回る水準だった。加えて1次リーグで1試合勝利すれば約3億円が上積みされるはずだったが、3戦全敗でグループ敗退。想定していた収益には届かないまま、補強費と遠征費だけが残った。
113億円という数字が示す現状

ただし、問題の本質はクラブワールドカップにあるのではない。113億円という売上規模を、国際基準に照らしてみる。
| クラブ | 売上規模(概算) |
|---|---|
| 浦和レッズ(Jリーグ1位) | 約113億円 |
| インテル・ミラン | 約580億円 |
| マンチェスター・シティー | 約1,000億円超 |
| 欧州CL ベスト8クラブ(目安) | 約200億円以上 |
浦和はJリーグで唯一、3期連続で100億円を超えた。それは紛れもない事実であり、クラブの努力の結晶でもある。だが世界で戦うための「入場料」には、まだ届いていない。
この差はどこから生まれているのか。答えのひとつは、放映権収入の構造的な差にある。プレミアリーグのクラブは収入の約50%が放映権由来だ。Jリーグ1位の浦和でも、リーグ配分金は6億円台にとどまる。収入の約37%をスポンサー収入が占め、基盤が放映権ではなく協賛金に依存している構造は、規模拡大の速度に限界をもたらす。
もうひとつの収入源:移籍金ビジネスの現在地
欧州のクラブが収益化している、もうひとつの柱がある。「移籍金ビジネス」だ。
Jリーグは2024年度から、移籍補償金を初めて独立した項目として開示した。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 国外からの移籍補償金等収入(60クラブ合計) | 45億円 |
| 国外への移籍関連費用(60クラブ合計) | 61億円 |
| 収支 | ▲16億円 |
| 移籍金収入 最多クラブ(浦和レッズ) | 11億9,200万円 |
欧州では、選手を「育てて、売る」ビジネスモデルが確立されている。日本でその構造的な差を象徴するケースが伊藤洋輝選手だ。シュツットガルト(ドイツ)への移籍時の推定移籍金は50万ユーロ(約9,000万円)以下とされる。しかし欧州で実力を証明した後、バイエルン・ミュンヘンへの売却額は推定3,000万ユーロ(約53億円)。「Jリーグから出た時は安く、欧州で活躍したら高く売れる」という構造の中で、その利益を得たのはJクラブではなく欧州のクラブだった。
転換点としての2026年
だが、この構造が変わり始めている。
2026年、JリーグはシーズンをEuropean型(8月開幕・翌5月閉幕)に移行した。これにより、移籍ウィンドウが欧州と同期する。
これまでJリーグのシーズン中に旬を迎えた選手が夏に欧州に流出するという「タイミングのズレ」が、クラブの交渉力を削いでいた。ウィンドウの同期は、Jクラブが交渉テーブルで対等に座る前提条件になる。
しかし、制度が整っただけでは十分ではない。「対等に座る」ためには、もうひとつの武器が必要だ。
Sell-on clause:「育てて売る」を設計する
Jリーグフットボール本部の足立修フットボールダイレクターは「Sell-on clauseの重要性を伝えている」とメディアで語っている。しかし日本ではまだ耳慣れない概念かもしれない。欧州では、これが小クラブの「生命線」になっている。
Sell-on clauseとは何か
移籍契約に挿入される条項で、「今回の売却後に、選手が次のクラブへ移籍した際、その移籍金の一定割合を元のクラブが受け取る」という取り決めだ。仕組みをシンプルに示すとこうなる。
クラブAが選手をクラブBへ1億円で売却、契約に「20%のSell-on条項」を挿入。
数年後、クラブBがその選手をクラブCへ10億円で売却した場合、
クラブAは追加で約2億円(利益9億円×20%)を受け取る。
重要なのは、多くの場合「売却総額」ではなく「利益部分」に対してパーセンテージが適用される点だ。つまり最初の売却額を超えた分が計算の対象になる。
欧州では、これが小クラブの財政を救っている
2016年、イングランド2部のバーンズリーFCはジョン・ストーンズをエバートンに売却した際、Sell-on条項を挿入していた。その後マンチェスター・シティがストーンズを約48億円で購入した際、バーンズリーは約7億1,000万円を受け取った。同クラブがその10年間で費やした移籍金合計を上回る金額だったとされている。

同様に、イングランド4部エクセター・シティは、ブレントフォードがオリー・ワトキンスをアストン・ヴィラへ約28億円で売却した際、Sell-on条項により約4億円を受け取った。4部のクラブにとっては、クラブ経営を根本から変えうる金額だ。

スウェーデン3部のヴァステロースSKは、ヴィクトル・リンデロフがマンチェスター・ユナイテッドへ移籍した際、20%のSell-on条項によって経営破綻の危機を回避した。

さらに象徴的なケースがある。AFCボーンマスは2000年、アダム・ララーナが12歳でサウサンプトンへ移籍した際、わずか約30万円の移籍金でSell-on条項(25%)を挿入した。14年後にリバプールが彼を約10億円で獲得した際、ボーンマスは約6億円超を受け取っている。
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米スポーツライターのサイモン・エバンスは「Sell-on条項を契約に挿入することは、選手を売るクラブにとって標準的な慣行になっている」と述べている。翻って、Jクラブがこの慣行をどこまで実装できているか。伊藤洋輝のケースが示すように、日本からの「安い出口」に対してSell-on条項が適切に機能していれば、欧州内で生まれた53億円の売却益の一部はJクラブに還元されていたはずだ。
この構造を動かす「人」の問題
制度が変わっても、動かすのは人だ。
移籍ウィンドウが欧州と同期するということは、交渉のスピードと複雑さも欧州基準になるということだ。夏のウィンドウは約6週間しかない。その間に、複数クラブとの並行交渉、FIFA規定の解釈、エージェント対応、契約条項の設計、ビザ・労働許可の手配を同時にこなす必要がある。
欧州のクラブのフロントオフィスは、この現実に合わせて専門職化が進んでいる。
スカウティング部門は「映像分析」と「現地視察」でチームが分かれ、データアナリストが選手評価モデルを構築する。移籍実務を担う「トランスファーコーディネーター」は、FIFA TMS(国際移籍管理システム)の登録手続きから書類管理まで専門的に担う職種として確立されている。契約交渉には、スポーツ法専門の弁護士が当然のようにテーブルに座る。Sell-on clauseや買戻し条項の設計は、法務と財務が連携して行う。
翻って、Jクラブのフロントオフィスはどうか。
浦和レッズの2024年度の移籍関連費用(支出)は7億8,400万円。移籍金収入の11億9,200万円との差は約4億円のプラスだが、欧州基準の「育てて売る」モデルを本格稼働させるには、この構造をさらに大きくする必要がある。それを実現するのは補強予算だけではなく、ピッチ外の専門人材への投資も必要不可欠だ。
スポーツ業界は長らく「情熱があれば誰でもできる」という前提で動いてきた。しかし移籍市場のグローバル化と制度変更は、その前提を静かに崩している。財務モデリング、国際法務、スポーツデータ分析、多言語での交渉力——これらはもはや「あれば便利」ではなく、「なければ戦えない」スキルになりつつある。
おわりに
浦和レッズの2025年度決算を、経営の「失敗」として読む必要はない。
過去最高収入を3期連続で更新しながら、世界の舞台に出て戦った。その投資が赤字に転じたのは、ピッチ上で結果が出なかったからだ。田口社長が「一過性で構造的なものではない」と語ったのは、おそらく正しい。
だが、この決算が静かに示しているものがある。
113億円でも、欧州の中位クラブに届かない。移籍金収支は60クラブ合計でマイナス。「Sell-on clauseを当然のように使う」文化はまだ途上にある。
「赤字=失敗」ではない。欧州のビッグクラブも、投資の局面では赤字になる。問われているのは、赤字そのものではなく、その投資を回収できる収益構造があるかどうかだ。
移籍金ビジネスの設計、放映権収入の拡大、Sell-on clauseの実装。これらを動かすのは制度でも資本でもなく、専門人材だ。
その人材は、すでにいる。スポーツ業界の外で、財務や法務やデータの専門性を磨いている人材が、Jクラブへの扉を探している。
その人材と、その人材を必要とするクラブを繋ぐこと——
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出典・参考資料
- 浦和レッドダイヤモンズ 2025年度経営情報開示(2026年4月27日)
https://www.urawa-reds.co.jp/en/clubinfo/240501/ - Jリーグ 2024年度クラブ経営情報開示資料(2025年7月29日)
https://aboutj.jleague.jp/corporate/assets/pdf/club_info/club_doc-2024.pdf - 浦レポ by 浦和フットボール通信「浦和レッズ、2025年度は過去最高収入の113億円 一方でCWC投資響き1億円の最終赤字に」(2026年4月27日)
https://www1.targma.jp/urawa-football/2026/04/27/post108882/ - スポーツ報知「クラブW杯で13億円収入の浦和がなぜ5年ぶり赤字に?」(2026年4月27日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/e876aaccc09f864fa75346d61c96736110ba332b - Sportiva「Jリーグ 選手の移籍金を高めるための努力」(2025年12月16日)
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2025/12/16/j_18/ - 東洋経済オンライン「Jリーグ43億円赤字予算に秘めた深謀遠慮」(2026年2月11日)
https://toyokeizai.net/articles/-/934347 - Jリーグ 2026-27シーズン移行について(公式)
https://www.jleague.jp/sp/news/article/26796/ - Jobs in Football「What Is A Sell On Clause?(+ 7 Real Examples)」
https://jobsinfootball.com/blog/what-is-a-sell-on-clause/ - Sporting Chance「What Is a Sell-On Clause in Football?」(2026年3月17日)
https://www.sportingchanceblog.com/2026/03/17/what-is-a-sell-on-clause-in-football/ - GiveMeSport「10 Biggest sell-on fees in football history」
https://www.givemesport.com/biggest-sell-on-fees-football-history-bellingham-sterling/