
目次
- |クライフに「見抜かれた」男
- |浦和からバルセロナのスポーティングダイレクターへ
- |ペップ・グアルディオラを「選んだ」決断
- |シティ、そしてペップ・グアルディオラとの再会
- |21のタイトルと、表に出ない男
- |「見抜く」という仕事の本質
- |浦和から世界へ——日本との縁が示すもの
2008年春。バルセロナのスポーティングダイレクター、チキ・ベギリスタインは一人でリスボンへ飛んだ。
面談の相手はジョゼ・モウリーニョだった。チェルシーを去ったばかりの彼は、完璧な準備でプレゼンに臨んだ。監督歴12年、欧州制覇の実績、圧倒的なカリスマ。経験においても実績においても、他に候補はいなかった。
だが、チキには迷いがあった。
かつてのチームメイト、ペップ・グアルディオラの顔が浮かんでいたからだ。師匠のクライフが繰り返し言っていた言葉も。「ペップはコーチになる」。チキ自身も知っていた。選手時代のペップは、試合中も食事の席でも、常にサッカーのことを考えていた。他の誰よりも早く、次の一手を読んでいた。
そしてチキが後押しして選ばれたのは、ペップ・グアルディオラだった。
バルサBの監督を1年経験しただけの38歳。この決断を疑問視する声は、クラブ内外に少なくなかった。
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2008-09シーズン、FCバルセロナはラ・リーガ、コパ・デル・レイ、チャンピオンズリーグの三冠を達成。史上最年少でCLを制した監督の名前は、世界中に知れ渡ることになる。
チキ・ベギリスタイン(Aitor “Txiki” Begiristain Mujika)
1964年、スペイン・バスク地方オラベリア生まれ。レアル・ソシエダでプロキャリアをスタートし、バルセロナに7年在籍。ラ・リーガ4連覇、欧州チャンピオンズカップ優勝など8つのタイトルを獲得。Jリーグの浦和レッズで現役を終えた後、バルセロナのスポーティングダイレクター(SD)に就任(2003〜2010年)。2012年よりマンチェスター・シティのSDを務め、在任13年でリーグ優勝7回、CL優勝1回を含む21タイトルを達成。2025年7月に退任。
01|クライフに「見抜かれた」男
チキがバルセロナに移籍したのは1988年。クライフが「ドリームチーム」を作り始めた年だ。
その時のことを、チキはのちにこう語っている。
「クライフは僕たちの人生を変えた。ピッチ上で、フットボールの見方を変えてくれた人だ」
クライフはチキをこう評した。「クラスで一番頭がいい子」と。
その言葉通り、チキは単に足が速い選手ではなかった。試合中、最も効率的な選択肢を瞬時に見つける認知能力——「次に何が起きるか」を先読みする力——が、彼の最大の武器だった。クライフが苦しくなったとき、よく言ったという。「チキにボールを渡せ」と。
その「見抜く目」は、選手引退後に形を変えて生き続けた。
02|浦和からバルセロナのスポーティングダイレクターへ
1995年にバルセロナを離れたチキは、デポルティーボ・ラ・コルーニャを経て、1997年に浦和レッズに加入した。35歳で迎えた晩年、彼が選んだのは当時まだ発展途上にあったJリーグだった。
「最も好条件でオファーしてくれたのが浦和で、しかも東京に近かった」――チキ・ベギリスタイン

3年間を日本で過ごし、1999年に現役を引退。そのままテレビのサッカー解説者となった。
スポーティングダイレクターというキャリアへの道は、偶然の形で開くことになる。2003年、バルセロナの新会長に就任したジョアン・ラポルタが、クラブのSDにチキを指名。きっかけはクライフからの一声だった。
「私には何の経験もなかった。クライフがいなければ、この道はなかった。才能を見抜く人間に、自分が見抜かれた。その一点だけでここに立っている」――チキ・ベギリスタイン
「経験がない人間を、なぜ」という問いへの答えは、チキのその後の7年間が証明することになる。
03|ペップ・グアルディオラを「選んだ」決断
バルセロナSD時代、チキ最大の仕事は2つある。一つは、2007年のペップ・グアルディオラ招聘だ。
ペップ・グアルディオラはすでにバルサBのコーチ就任に意欲を見せていた。チキはもっと上の役職を用意しようとしたが、ペップ・グアルディオラは固辞した。「アドバイザーではなく、実際に指導したい」と。結局Bチームのコーチとして受け入れ、チキが責任を持った。Bチームはその年、地域3部リーグに降格した状態だった。
翌年、ライカールト体制の解体とともに、チキはモウリーニョとの面談からペップ・グアルディオラの抜擢へと舵を切る。実績の差は歴然だったため、当時モウリーニョを選ばなかったことへの批判は少なくなかった。

もう一つは、選手補強の設計だ。チキがバルセロナにいた7年間で入団した選手の中には、ダニ・アルベスやヴィクトル・バルデスがいる。チームの「骨格」を作る仕事を、静かに続けた。
2010年、会長のラポルタが退任した際、チキも辞任を選んだ。
「ラポルタがいなくなったなら、私もいるべきではない」――チキ・ベギリスタイン
7年間のバルセロナでのスポーティングダイレクターとしての仕事は、そうして終わった。
04|シティ、そしてペップ・グアルディオラとの再会
バルセロナを離れたチキは、「引く手あまた」の状態だったと言う。プレミアリーグを含む複数のクラブがアプローチしてきた。
その中で決め手になったのは、元バルセロナCEOのフェラン・ソリアーノからの連絡だった。「少し待ってくれ。私が環境を整えてから声をかける」。ソリアーノがマンチェスター・シティのCEOに就任してから2カ月後、チキに電話が来た。
2012年10月、チキはシティのスポーティングダイレクター(SD)になった。
当時イングランドでは「フットボール・ディレクター」という概念自体がまだ浸透していなかった。クラブ広報からは「監督より上の人間がいると言うな。マネージャーの立場が弱く見える」と言われたとソリアーノは明かしている。それほど、SDという役職はイングランドにおいて当時異物だった。
だがチキの仕事は、静かに結果を出し始めた。
2016年、ペップ・グアルディオラのシティ入りを決定づけたのもチキだった。
「チキがいたから来た。彼がクラブのことを話してくれた。それが決断の理由だ」――ペップ・グアルディオラ

05|21のタイトルと、表に出ない男
チキがシティにいた13年間で、クラブは21のタイトルを手にした。リーグ優勝7回、FAカップ2回、リーグカップ6回、そしてCL初優勝。2022-23シーズンのトレブル達成は、イングランドのクラブとして史上初だった。
ただ、チキの名前を知っている一般のサッカーファンは多くない。
彼はSNSをやらない。メディアの前に出ない。記者会見もほとんど行わない。ガーディアン紙もBBCも、大型インタビューがほぼ存在しない。
「チキにメディアで話してほしいと頼んでいる。でも彼は極度に内向きだ。矢が全部僕に向かってくるよう、自分は裏に徹している。バルセロナの頃もそうだった」――ペップ・グアルディオラ
「スポーティングダイレクターとして7年、8年、9年を同じクラブで続けるのは、もはや奇跡に近い。自分一人の力ではなく、周囲にいた人間たちのおかげだ」――チキ・ベギリスタイン(退任時)

06|「見抜く」という仕事の本質
クライフはチキを見抜いた。チキはペップ・グアルディオラを見抜いた。
そのサイクルは偶然ではない。チキが持っていたのは、「数字でも映像でもなく、人間そのものを読む力」だった。あの2008年のバルセロナで、モウリーニョという完璧な候補を前に迷いが生じた——その感覚はデータでは説明できない。
「選手とスポーティングダイレクターに求められるものは似ている。どちらも、次に何が起きるかを、誰よりも早く察知しなければいけない」――チキ・ベギリスタイン
これはスポーツの世界に限らない。人を採る仕事、組織を作る仕事、誰かを適切なポジションに配置する仕事——すべてにおいて、「まだ証明されていない人間の可能性を信じる」という行為が必要になる場面がある。
チキが20年かけて積み上げたのは、タイトルの数ではなく、その感覚の精度だった。
07|浦和から世界へ——日本との縁が示すもの
チキが現役を終えた場所は浦和だった。1997年から3年間、Jリーグでプレーした。スペインで600試合以上を戦い、欧州の頂点に立ったバスク人が、東京郊外のスタジアムでキャリアを締めくくった。

その後、彼はスポーティングダイレクターという仕事を通じて世界のサッカーを動かした。Jリーグはそういう人間がいた場所でもある。当時の浦和には、引退間際のチキが持っていた知識と人脈と視点が、確かに存在した。
日本のスポーツ業界に「チキのような人材」がいるとしたら、それは今もどこかのクラブにいるかもしれない。プレーを終えた後も、サッカーを考え続けている人間が。まだSDという言葉が市民権を得ていない環境の中で、「次に何が起きるか」を誰よりも早く読んでいる人間が。
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参考・出典
- Manchester City FC 公式 — Txiki’s Incredible Legacy|https://www.mancity.com/features/txiki-incredible-legacy/
- Manchester City FC 公式 — Oral History|https://www.mancity.com/news/mens/txiki-begiristain-city-career-oral-history-63892748
- ESPN — Man City director Begiristain to leave after season|https://www.espn.com/soccer/story/_/id/41682604
- All Football — In 2008, Barça were a farce|https://m.allfootballapp.com/news/All/…
- My Sports Analysis — The 7 best sporting directors in world football|https://mysportsanalysis.com/…
- FC Barcelona 公式 — Aitor ‘Txiki’ Begiristain|https://www.fcbarcelona.com/en/news/648071