プロになれなかった99%のためにプレミアリーグが作った、もう一つのキャリア設計

 

イングランドで育成サッカーをする少年は、約150万人。そのうち、プレミアリーグとプロ契約できるのは180人。確率にすると 0.012% だ。

アカデミーに入れた子どもに絞っても、厳しさは変わらない。16歳で奨学生契約を結んだ選手の 98% は、18歳時点でイングランド5部以下のリーグにすら在籍していない。さらに言えば、アカデミーに入った選手の半数は 16歳を迎える前にアカデミーを去っている

これはアカデミーの失敗ではない。エリートスポーツの現実だ。

問題は、その現実にどう向き合うか、だ。


選ばれなかった、99%の話

アカデミーを去るとき——その瞬間がどれほど重いか、数字が示している。

ある研究が、アカデミーを去った選手たちを追跡した。去ってから 21日後、選手の55%が「臨床レベルの心理的苦痛」を抱えていた。10代の若者が、それまでの人生すべてをかけてきたものを突然失う。その衝撃は数字にも表れている。

マンチェスター・シティとマンチェスター・ユナイテッドの両アカデミーに在籍し、最終的にクラブを去った元選手のLuke(仮名)は、こう語っている。「12〜13歳の頃から、プレッシャーを感じていた。週5回練習していた。それでも、自分が十分じゃないと感じることの辛さは、言葉にならなかった」。去った後、どちらのクラブからも連絡はなかったという。「せめて6ヶ月だけでも、誰かが声をかけてくれたら」と彼は言った。

これは、制度がなかった時代の話だ。


プレミアリーグが作った「出口」の設計

プレミアリーグが2012年に導入したEPPP(Elite Player Performance Plan)は、育成方針を根本から変えた。単に「プロになる選手を育てる」ではなく、「アカデミーにいた100%の選手にとっての成長を定義する」という哲学への転換だった。

具体的には、こうなっている。

16〜19歳のアカデミー奨学生全員に、サッカーと並行した学業履修が義務として課される。BTECやAレベル(大学入学資格)の取得がプログラムに組み込まれており、成果は毎年公表される。

📊 2025年度アカデミー奨学生の学業実績

  • Aレベル受験:76科目・17分野(前年比38%増)
  • Aレベル成績:47%がA〜B、うち18%がA〜A*
  • Aレベル合格率・達成率:ともに全国平均を上回る
  • Sporting Excellence Professional Apprenticeship:96%がDistinction(最高評価)
  • BTEC Extended Diploma(Aレベル3科目相当):合格率100%、78%が最高グレード

出典:Premier League Player Insights 2025

さらに、U17〜21でアカデミーを去った選手には3年間のアフターケアが制度として用意されている。進学相談、就職支援、メンタルケア、卒業生ネットワークへのアクセス。「去った後も3年間、責任を持つ」という設計だ。

2022年には「Premier League Futures」という12ヶ月間の専門プログラムも立ち上がった。18〜24歳の元アカデミー選手を対象に、Nike本社(米オレゴン州)やEA Sports本社への訪問、リーダーシップ研修、キャリア設計プログラムを提供する。これまでに35名の男女選手が参加している。


制度を使った人たち——プロになった側

重要なのは、この制度が「プロになれなかった選手のためのもの」ではない点だ。プロになった選手も全員、同じプログラムを受けている。

プレミアリーグが毎年公開している「Scholar Inspirations」には、トップチームへの昇格を果たしながら学業でも優秀な成績を収めた選手たちの実名が記録されている。

 

Lewis Miley(ニューカッスル・ユナイテッド)は、2023/24シーズンにトップチームで充実したプレーを続けながら、Aレベル2科目相当のBTECプログラムを修了し、アプレンティスシップでは最高評価を獲得した。

 

 

Jack Hinshelwood(ブライトン&ホーヴ・アルビオン)はAレベル3科目相当の教育プログラムをトップチームへの昇格と並行して修了。「真に模範的なアカデミー卒業生」とプレミアリーグに記録されている。

 

 

Luc De Fougerolles(フルハム)

(フルハムからレンタル移籍し、ベルギー・プロリーグのデンデルEH)

BTECにAレベルを組み合わせた計4科目相当のハイブリッドプログラムを選択し、競技と学業の双方で卓越した成果を残した。

これは「プロになれなかった選手の保険」ではない。プロになった選手にも、等しく学びが組み込まれているという設計の話だ。万が一、現役中にケガで引退を余儀なくされたとしても、18歳時点ですでに大学入学資格を持っている。


制度を使った人たち——アカデミーを去った後の道

一方、アカデミーを去った選手たちにも、制度は機能している。

 

Tarik Gidaree(22歳)——不動産業への転身

AFCボーンマスのアカデミー出身。プロ契約には至らず、現在はノンリーグ(Hendon FC)でプレーを続けながら、Premier League Futuresプログラムに参加した。Nike本社を訪問し、スポーツビジネスの仕組みを学んだ後、不動産会社のトレーニングアカデミーを修了。「フットボールに続く、次のキャリアへのプラットフォームになった」と自ら語り、現在は不動産エージェントとして働き始めている。

 

 

Wade Elliott——アカデミーを去って15年後のウェンブリー

サウサンプトンのアカデミーを16歳で去った後、フルタイムの教育に戻り、Aレベルを取得。ゴールドスミス大学でコミュニケーション・社会学を学びながら、9部リーグのノンリーグクラブでプレーを続けた。卒業後、ボーンマスでプロ復帰。アカデミーを去ってから約15年後の2009年、彼はウェンブリーのピッチに立っていた。チャンピオンシップ・プレーオフ決勝、バーンリーのプレミアリーグ昇格を決める決勝ゴールを彼が蹴り込んだ。教育は、選手としてのキャリアを終わらせなかった。橋になった。

ConnorとCurtis——分岐する2つの道

サウサンプトンが契約を更新しなかった2人の選手。同クラブの現役プロ選手がメンターとして伴走し、Connorはスポーツセラピーの学位取得に進み、Curtisは地域リーグで現役を続けた。方向は違う。でも担当者はこう言っている。「どちらも自分の選択に満足している」。


日本の現在地

Jリーグは2002年、日本のスポーツ界で初めてキャリアサポートセンターを設立した。その後、プロ野球機構(2007年)やJOC(2008年)のモデルケースになった。他競技より20年早く、この問題に向き合い続けてきた組織だ。

早稲田大学eスクールとの連携も2007年から始まっている。現役選手が通信課程で大学の学位を取れる特別枠で、2022年度はJリーグから10名が合格(Jリーグ公式発表)。また2025年度にはWEリーグからも2名が合格するなど、男女ともに制度が継続して活用されている(出典:WEリーグ公式)。「よのなか科」などの段階的なキャリア教育プログラムも、13歳のジュニアユースから体系的に設計されている。

取り組みの歴史は本物だ。

ただ、プレミアリーグとの間には、二つの構造的な違いがある。

🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿 プレミアリーグ

  • 学業履修が義務(16歳から)
  • プロになる前の育成段階から介入
  • 成果を毎年公表・外部機関(Ofsted)が評価
  • アカデミーを去った後3年間のアフターケアが制度化

🇯🇵 Jリーグ

  • 学業・キャリア支援の制度あり
  • 早稲田eスクール特別枠(2007年〜)
  • すでにプロになった選手が対象
  • 活用は選手個人の意志に委ねられる

一つは「義務」か「支援」かという設計の思想。プレミアリーグでは学業履修がプログラムに組み込まれ、成果が毎年公表され、外部機関による評価を受ける。Jリーグでは、制度は用意されているが、活用は選手個人の意志に委ねられる部分が大きい。

もう一つは「介入のタイミング」だ。プレミアリーグのEPPPは、プロになる前の16歳から教育を義務づける。まだプロかどうかわからない段階で、すでに学びが始まっている。一方、Jリーグの早稲田eスクールが対象とするのは、すでにプロ契約を結んだ選手だ。どちらが正しいという話ではない。ただ、起点が根本的に異なる。

「機会があるのに使わない」のか、「使える構造になっていないのか」。その差は、個人の問題ではなく、設計の問題だ。


スポーツの経験は、どこへ行くのか

プレミアリーグが示しているのは、一つのモデルだ。「プロになれなかった99%」を損失として扱うのではなく、社会に送り出す人材として設計するという発想の転換。そして「プロになった1%」にも同じ水準の教育を保証する、という一貫性。

アカデミーで培った学業成績、リーダーシップ、挫折と回復の経験。それらは履歴書の空白ではない。企業調査では、採用担当者がアスリートに求める資質の上位は「目標達成意欲」「耐力」「対人コミュニケーション」だ。スポーツを経験してきた人間の価値を求める企業は、確かに存在する。

ただ、その需要と供給が、うまく接続されていない。アカデミーを去った選手が何を学び、何を経験し、どんな力を持っているのか。それを評価できる言語と市場が、まだ整備されていない。

Sporpathが向き合っているのは、まさにその「接続」の問題だ。プレミアリーグが育成段階から積み上げてきたことを、日本のスポーツ界全体でどう実現するか。スポーツ経験を可視化し、正当に評価できる市場をつくること。

その答えは、まだ途中にある。


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参考:
プレミアリーグ公式 https://www.premierleague.com/en/players/532529/jack-hinshelwood/overview

プレミアリーグ 教育制度

退団・心理的苦痛に関する研究

Jリーグ 制度・キャリア支援